プロフィール

入間市の整体癒し処ゆうひ『佐藤知幸』の自己紹介

入間市で自律神経で整体ならお任せください。はじめまして、佐藤知幸(さとう ともゆき)です。この度は、整体癒し処ゆうひホームページをご覧くださりありがとうございます。

 

整体院を選ぶ時に「どんな人がやっているんだろう?」そこも気になるところだと思います。

 

そして、あちこち通ったり、長い間不調で悩んできた人にとっては整体院選びの不安も大きいと思います。

 

こちらのページでは、どんな人が整体癒し処ゆうひをやっているのか自己紹介をさせて頂きます。少しでも安心してもらえたら幸いです。

 

名前:佐藤知幸(さとう ともゆき)
出身:青森県
年齢:35歳
家族:妻と2人の中学男子の4人家族
趣味:筆文字・絵・ものづくり・読書・けん玉・散歩
その他:数秘LP9

 

子供の頃から慢性的な不調で悩んできた人生

現在、私は整体という健康の為のお仕事をさせてもらっていますが、私自身は子供の頃から慢性的な不調で悩んできた人でした。

 

整体癒し処ゆうひ院長佐藤知幸赤ちゃんの頃から大人しく手のかからない子だったそうですが、体はそれほど強い子ではありませんでした。

 

私の不調人生は、子供の頃から始まったのです。

 

地元の夕陽青森の西海岸沿いの海と山に囲まれた自然豊かで空気もキレイな環境で育ちました。そんな健康にとっては良い環境なのにも関わらず、体の不調で動けなくなることがよくありました。

 

私自身が覚えているのは、5歳の時に小児喘息で入院したところから始まり、小学生になる頃には頭痛と腹痛に悩まされるようになりました。小さい頃から薬を常に飲んでいるというような子供だったんです。

 

特に季節の変わり目や精神的なストレスを感じた時の体調はわかりやすく崩れました。

 

そして、そんな私は体の弱さだけじゃなく、精神面もあまり強い人ではありませんでした。

 

 

よく母親からは、「几帳面すぎる」「神経質すぎる」「気にしすぎる」「考えすぎる」そんなこと言われているような子供で、いつも頭の中は考え事や心配事でいっぱい。

 

いつも先のことを考えては、悩んで不安になることも多くて、遅刻や忘れ物をしないように枕元に全て用意したあとにメモ書きを置い寝るような子でした。

 

外出時になにがあってもいいようにと、色々な可能性を考えすぎて、荷物が多くなるような心配性な性格でもありました。

 

 

人の期待に応えようと頑張るあまり「出来ない」ということは言えず、一人で抱え込んで助けを求めることなく何とかしなきゃと思うタイプでもあります。

 

授業でわからない場所があったら先生や友達に聞かず、家に帰ってから一人教科書にかじりついて、なんでそうなるのか自分でわかるまで色んな方法を試してみたり。

 

それはいい所でもある反面、自分を追い込むのも得意だったと思います。

 

 

そういう自分を追い込むという性格故の精神的なストレスの多さと小さい頃からの体の不調によって、心身共に追い込まれることがとても多かったです。

 

中学生になり不登校。引きこもり生活を経験しました

整体癒し処ゆうひ不登校

中学生になると、環境の変化によって小学生の頃からあった腹痛(過敏性腸症候群)が際立っていきました。

 

毎朝、トイレに30分〜1時間ほどこもって出したとしても、もう大丈夫と思えず、すぐお腹が痛くなるような状態でした。新しい環境というのも大きかったと思います。

 

それでも頑張って行きながら、小学生時代からやっていた野球部に入ることにしました。

 

少し経って1年生でレギュラーをとれたのは良かったのですが、どちらかというと嬉しさよりもプレッシャーや監督の怖さが気になってしまって、試合前は緊張しすぎて腹痛も止まりませんでした。

 

 

そして、季節の変わり目となった時、例年通り喘息の発作が始まりました。

 

大体1ヶ月くらいは発作で苦しく夜中も眠れないので、頭もボーっとした状態で過ごします。夢の中を歩いているようなふわふわとした状態です。

 

それだと体力的にもついていけないので、小学時代同様に中学でも休むことにしました。

 

ただ、はじめの2〜3日はよかったですが1週間くらい経った頃、監督が「まだ来ないのか!もういいだろ!」と怒り出すようになりました。

 

当時でも問題だったケツバットを当たり前のようにやるような監督だったので、怒られることが怖くてしたなかったです。

 

好きでこんな体調になっているわけではないのに、なんで怒られなきゃいけないんだよ…

 

そんな風に思いながらも、監督の怖さにビクビクしながら休みの許可を取りに行く事が怖すぎて、苦しさを感じるようになりました。

 

次第に登校しようと思うと、心臓がおかしくなってしまうのではないかと思うほど動悸がするようになり、吐き気や腹痛が止まらず家から出られなくなってしまったんです。

 

夜も眠れなくなって、朝起きられなくなり、結局学校に行くことが出来なくなりました。

 

 

そして、最初のうちは何も言わずに休ませてくれていた母親も、数カ月と時間が経つようになって、未だに学校に行かなくなった息子の姿を見てきた母親にも余裕がなくなっていきました。

 

学校に行かせようと泣きながら「なんで行かないー!」と感情を爆発させて蹴られたこともありました。

 

学校に行こうと思っても体が言う事を聞かないだよ…。自分(私)の不調は誰もわかってくれない。この気持ちもわかってもらえないんだな。」

 

一番わかってほしかった母親にも理解されず、部屋にひきこもって一言も言葉を発しなくなり、布団の中で泣いていることが多かったです。

 

その後も毎晩暗くなると「消えたい」そんな風に思う日々が続いたのですが、休んでいるうちに少しずつ気持ちが落ち着いている時間も出てきて、筋トレをはじめたり、元々好きだった料理をするようになっていきました。

 

勉強に関してもみんなに置いていかれる恐怖をずっと感じていたけど、一人で教科書を見ながら勉強することも増えてきて、当時はわかりませんでしたが、少し前向きになっていったような気がします。

 

 

そして、毎日のように友達や先生が来てくれて、段階的に少しずつ学校に出てみるようになって、1年の秋からはじまった引きこもりは3年1学期頃までかかりましたが教室に戻れるようになりました。

 

引きこもったことで、人との比較はイヤでもしていたし、あの時間は取り戻せないんだな…って、ふと悲しくなったり落ち込む日もあったけど、お蔭で無事卒業と高校に行くことも出来ました。

 

 

そういった劣等感や母親への申し訳なさは心の中に常に持ちながらではありましたが、高校生活は皆勤賞には届かなかったけど(病院にいく関係で半日休んだけ)、これといった体の不調も少なく、楽しい高校生活を送ることが出来たんです。

 

 

引きこもった時間を取り戻す為に勉強に部活と頑張っていた所もあって、田舎の高校でしたが成績はオール5、資格取得数もその年の県内ベスト16、学校長賞(学校で一番優秀な人)をもらう事も出来ました。

 

よしっ!このままの勢いで卒業後も頑張るぞ!

 

そう意気込んで、就職の為に青森を出ることにしました。

 

だけど社会人になって、、また

先生からは大学進学を勧めるられましたが、中学でのことを考えると母親に迷惑をかけたくなくて、卒業後はすぐに家を出て就職することを決めていました。

 

そこで、以前から好きだった料理やモノづくり関係から、今まであまりやったことがなかったお菓子作りにをしてみたくて埼玉県のお菓子屋に勤めることにしました。

 

慣れ親しんだ地元(青森)から出て新しい環境での生活。新しい環境というのは大の苦手なので、プレッシャーや緊張は大きかったです。

 

ただ、だいぶ高校時代で体調も良くなったし、体力的も精神的にも自信がついていたので勢いだけはありました。

 

同期や先輩たちにもすごく良くしてもらえたので、楽しかったのを覚えています。

 

 

だけど時間が経つにつれ、お菓子を作る職人さん達のピリピリ感がものすごくストレスに感じてきました。

 

中学時代のこともあったから、男性(中年世代)の怒っている姿を見るのは少しトラウマがあったのかもしれません。

 

そんな中でも頑張らなきゃと笑顔で平気なフリをしてやっていたのですが、少しずつ体と心が追い込まれている自分もいました。

 

今思うともっと気楽に考えられればよかったのかもしれませんが、ストレスの発散や解消法も特になく、頑張るということしか知らなかったから私にとっては、辛さや苦しさに気づかないようにするしか手はなかったんだと思うんです。

 

 

そして、3年〜4年ほど経った頃、

めまい・耳鳴り、顔の痙攣、動悸、末端の冷え、逆流性食道炎、手の震え、腹痛、頭痛、腰の椎間板ヘルニア、坐骨神経痛、首の痛み、肩の痛み、眠れない、途中で何度も目が覚める、肋間神経痛、腕のしびれや重さ、頭の重さ、足の痛み、おさまっていた喘息、微熱、風邪を引きやすい、食欲不振、皮膚荒れ、下痢便秘の繰り返し、息切れなど

体のまざまな場所に不調として現れるようになっていきました。

 

なんで頑張ってるのに、また自分だけこんな目に合わなきゃいけないんだよ…

 

この時、毎日がイヤでしかたなかったです。

 

休日になると病院巡り

 

不調が様々なので総合病院やあちこちのクリニックを探しては行き、ダメだったらまた探して、新しい病院へ行くという自由な時間のない休日を過ごすようになりました。

 

検査をしてもこれといった原因は見つからず、とりあえずで出される薬を飲んでみるけど、期待している効果が見られなくて落ち込むということの繰り返し。病院探しと薬を色々試す日々は終わらなかった。

 

 

そんな中、とある病院でこんなことを言われた時がありました。

 

気にしすぎだよ。若いのにそんなんじゃやっていけないよ(笑)

 

鼻で笑いながら病院の先生に言われた言葉です。

 

 

私は「そうですねー」とその場では愛想笑いをしていたけど、心の中ではものすごく怒りが湧き上がってきて、それと同時に「わかってもらえないんだな…」と少し悲しくもなりました。

 

不調を治したいと思って、治してくれる病院や薬を探しているのに見つからない。

 

そればかりか、馬鹿にされ笑われて、理解しようとさえしてもらえない。

 

 

病院に行くもの薬をもらうのもタダではないから、お金と時間が無駄になっているこの状況に嫌気がさしていきました。

 

 

それでも不調は良くなるわけでもなく続きます。

 

そのうち、不注意も多くなったのか、やけどやケガ(仕事での事故)が多くなり、仕事の失敗も増えていきました。

 

職場で会う人の前ではニコニコしているけど、一人になると泣いたりして情緒不安定になっていきました。

 

 

そしてこの時はもう結婚していて、ちょうど子供も生まれた時です。

 

大事な時期なのに、家にいることもストレスに感じるようになっていって、妻と衝突することも増えていました。

 

精神的にもおかしいくなっていることに気づいたのがこの頃。精神科のあるクリニックに電話して予約を入れることにしました。

 

1カ月半待ちという長い時間をなんとか乗り切って、やっとの想いで迎えたクリニックの日。

 

やっと楽になれると期待をしている自分がいたのですが、現実はそうじゃなかったです。

 

 

ここでも先生に言われた一言で、私は心が折れてしまいました。

 

 

その一言は、

 

あなたの性格が悪いからですよ

 

その一言でした。

 

 

たぶん、先生にも意図があって言ったことなのかもしれませんし、余裕のない私だからこそこの言葉だけ拾ってしまったのかもしれません。

 

ただ、当時はその先生の一言にものすごく腹が立ち、「もういいです!」とその場で声を荒げて途中で帰りました

 

私にとって最後の頼みの綱だっただけに、この日で心が完全に折れてしまったんです。

 

精神的にも、肉体的にも限界が近づいていました。

 

そして、ある朝…

そんな限界が近づいていた頃。

 

中学時代にも感じた「消えたい」という思い、人生を終わらせたいという思いが毎朝出てくるようになっていました。

 

息子(赤ちゃん)の泣き声が部屋から聞こえてくるたびに「その選択だけはいけない」と思いとどまって、泣きながら仕事に行く毎日を過ごしていたんです。

 

 

そして、ある朝。

 

自分の中の何かがプツンと切れて、玄関で涙が止まらなくなり、力が入らず体が動かせなくなりました。

 

その日に『うつ病』と診断を受け、仕事にも行けなくなりました。

 

抗うつ薬を飲みながら、不調を戦う日々

うつ病と診断を受けてから、抗うつ薬など複数の薬を飲むようになりました。

 

眠気がひどく1日中起きていられなかったり、頭も機能しなかったので相手の言葉の理解に追いつかなくてまともに会話ができない状態

 

うつ病の治療が始まって、飲み始めた抗うつ薬の影響でそうなっていました。(飲み始め初期の副作用)

 

 

最初のうちは、この眠気とボーっとしている頭のお蔭で、余計なことを考えずにすみましたが、少しずつ時間が経つにつれて副作用に慣れはじめると、焦りと不安を感じるようになっていきました。

 

 

次の仕事はどうするのか…?
その前にこの身体の不調はどうするんだ…?
そもそもうつ病が治るかもわからない…?

 

 

周りからは「頑張り過ぎたから、体と心が疲れちゃったんだから、当分の間はゆっくり休んでおきなよ」優しい言葉をかけてもらっていたけれど、正直その言葉は素直に受け取れませんでした。

 

 

気持ちは焦るばかりで、自分に優しくしてくれる味方にさえ、攻撃的になって、人の話を聞くことが出来なくなっていました

 

イライラしてモノにあたったり、気が短くなって、

 

この今の状況は、あの人のせいだ!この人のせいだ!あいつが悪いんだ!恨んでやる!

 

そんな風に思う自分が止められなくなって、周りの人からすると腫物のように扱いが難しい人になっていたと思います。

 

 

それでも何かしていないと落ち着かないので、うつ病にも健康にもいいと聞いて、外に歩きに行ってみたり、体を動かしてみるけれど、次の日は腰の痛みによって寝込んでしまうことがほとんどでした。

 

 

どうにかしたくても体がついてきてくれず、またイライラしたり、落ち込んだりして、自分でも自分の感情の起伏を理解できなかったし、そんな自分を嫌いにもなっていきました。

 

そんなことを繰り返しているうちに、1日を普通に過ごすことすら出来ないんだな今の自分は、とイヤでもわからされて、そこで『あっ、体も心も壊れたんだな』と思いました。

 

自分で自分を治そうと整体学校へ

これまであちこち病院に行っても良くならなかった経験をたくさんしてきた私は、壊れてしまった体と心をどうにかするには、『自分でどうにかするしかない』と、この時はまだなんとなくでしたが、そう考えるようになっていきました。

 

それでもどうしたらいいかはわからないのは変わってないので、何かしなきゃと焦る気持ちは常にある状態でした。

 

 

そんな時に思ったのは、

 

健康について学べることだったら自分の為にもなるし、こんな自分にも出来ることが増えるんじゃないかな?

 

そう思って以前から興味があった整体を学ぼうと考えました。

 

 

整体学校に入ってからもうつ病の治療は続いていましたし、体の不調もあったので急に休むことも多かったです。

 

それでも体に触れたり、触れられたりする時間や体についてのこれまで知らなかったことを学んでいる時を楽しく感じれてなんとか卒業することが出来ました。

 

不調人生をやめる旅が始まった

整体の学校を卒業が近づいた頃、別の所でも整体を学ぶようになっていたんです。

 

整体癒し処ゆうひ操体法の師匠それが、当院でメインで活用している『操体法(そうたいほう)』という日本生まれの整体でした。

 

自分の体に聞いて、自分で整えていく

 

不調人生だったからこそ、操体法の施術を受けた時もそうですし、操体法の考え方や哲学を知った時にものすごく感銘を受けました。

 

不調はなぜ起きたのか?
私はなぜ今こうなってしまったのか?
病院や薬だけで治らなかったのか?

 

そういったことが操体法を学ぶようになって繋がっていきました。

 

自分を守る為に体は不調を出していた?

 

不調というのは、自分を守る体の声

 

そのことをこの時に初めて知りました。

 

私自身、不調人生で辛かったことが多かったので、「自分を守る為」に不調が出ているというのはすんなりとは受け入れにくかったというのが正直なところであるけれど、思い当たることは多々ありました。

 

 

どんな理由であれ、不調が出たり、不調な症状が強まるのは、ストレスを感じた時や頑張り過ぎた後だったということ。

 

 

他にも、一人で抱え込んで苦しくなっている時や不安に襲われている時、自分を追い込んでいる時、限界が近づいているのに無理をしている時など、

 

『このままだと壊れてしまう』と教える為に体は不調を出していたということ。

 

 

子供の頃や学生時代、社会人として働いている時は気づかなかったけど、自分の体の都合や気持ちを無視していたのは確かでした。

 

それでも何とかしなきゃと無理をしていたから、このままだと私の体と心が壊れてしまうと体が感じて、不調を強めたり、寝込むようなことも起こっていたんだと知った時に、不調や自分への見方が少し変わったような気がしました。

 

 

不調は、体だけの問題じゃない。心の部分も含めた自分と向き合ったり、寄り添っていかないと、今のこの辛い状況は変わらないんだな

 

そのことが腑に落ちた瞬間でした。

 

 

この時に、不調を根本的・本質的に変えていくには、『自分を大切にするということが必要不可欠なんだと知ったんです。

 

 

あちこち病院を変えても、薬を変えても、色んな情報や健康知識を知ったとしても変わらなかった不調(体と心)を変えていけるかもしれない。

 

この出会いが私の不調人生を変える転機になりました。

 

この時から『自分を大切にしていこう』そう真剣に考えるようになっていったんです。

 

地域唯一の操体法整体院後ほど2016年〜2018年の間に、操体法の本場である仙台に通い、操体法創始者:故橋本敬三先生の晩年の直弟子である今昭宏先生、多次元操体法創始者:上川名修先に師事し学びました。当院は県内でも数少ない認定操体師が行う整体院となりました。

 

薬の副作用が目について、断薬することを決意。

『自分を大切にすること』、『自分に向き合うこと』を考え始めた時、病院や薬との付き合い方も変えていかないといけないなと思うようになったんです。

 

特に薬のことが気になり始めました。副作用が気になっていたからです。

 

私の場合は、人とすれ違う時に意識が飛びそうになるという副作用があって、それが不安でしかたなかった。

 

それもあって色々と調べるようになりました。

 

 

怖い情報も沢山あったので漠然と不安になることもあったのですが、その中で『薬の大半は治すものではなくて、症状を緩和させるもので、長期服用するものではない』というような文章を目にしました。

 

 

子供の頃から何か不調があると薬を飲むのが当たり前の人生を過ごしてきて薬で治らなかったという経験をたくさんしてきたからこそ、その文章を見た時に私は納得しました。

 

 

そこからは断薬することを決意して、少しずつ時間をかけて減らしていきました。

 

そして、何故か減らしていくにつれて、頭がスッキリするようになり、体調と心も上向き傾向になっていったんです。

 

この時から薬に頼るのをやめて、自分の体の力を頼ることにしようと考えるようになりました。

 

 

最終的に薬をやめることが出来て、この後も『自分を大切にする』ことは忘れないようにしながら、操体法を受けに行ったり、自分でやれることはやっていったり、心に寄り添ってみたり。

 

なにか方法論というよりも、自分の体に聞く事や心に聞く事を重視しながら、壊れた自分を取り戻していく為に取り組んでいきました。

 

まだ不安定な部分も多かったので、苦手だった『一人で抱え込まずに人にサポートしてもらう』ということも取り入れながら、『誰かに治してもらう』のではなく、『自分を大切にする』という視点で不調と向き合うようになっていったんです。

 

 

薬については色んな考え方がありますので、薬を否定するつもりはありません。もし、断薬を考えている方も急激な断薬や自己判断で止めるのは危険もありますので、基本的にお医者さんの指示に従って断薬するようにしてくださいね。

 

最後に、

(だいぶプロフィールページが長くなってしまいました笑。そろそろ終わりますよ)

 

整体癒し処ゆうひその後、すんなり良くなりました!と言いたいところですが、そうスムーズにはいきませんでした。

だけど、動けることが増えてきたことで、これまで出来なかったことにチャレンジするようになったからこその体と心の不安定さや波もあったからです。

商業施設の中のリラクゼーションサロンやジム併設のボディーケアのお店で働いたりしましたが、通勤前の動悸や腹痛で泣きながら行ったりすることもありましたし、一日で辞めて帰ってくることもありました。

途中、整体の仕事が合ってないのかもと思い、レストランで働いていたこともあります。


この最中の私は「良くなってきてるのに、またダメだった…」と思っていましたが、今思えば、


うつ病と診断を受けた最初の頃は、ずっと寝ていたし、外に出れなかったり、実際に働きに行こうとも思えなかったわけで、

その時と比べるとだいぶ色んなことが出来るようになってきていたんですよね。


そのうち気づくと、少しずつ少しずつ体調も心も落ち着いてきて、今では自分で整体院『整体癒し処ゆうひ』をやれるようになりました。

この仕事をしようと思った理由|入間市整体癒し処ゆうひそんな不調人生を歩んできた私は現在、あの時のうつ病もなければ、あの大量にあった不調の数々も今はありません。少し動くと痛みで寝込んでいた腰痛もありません。

ただ、決して常に元気で不調の全くない体と心でいます!ということはありませんよ

もちろん人間ですので、頑張り過ぎれば疲れるし、無理をすれば不調も出ることはあります。


『不調は、自分を守る為に体が出すのものだから』


それを知ることが出来たからこそ、不調に対してのイメージがガラッと変わり、不調に対しての怖さや不安も大きく減ったことで、不調で悩み苦しむことはなくなりました。


そしてもう一つ。この経験のお蔭で分かったことがあるんです。

それは、


自分の意思で、不調人生はやめられる

ということでした。


ただそれには、体だけじゃなく自分の心(自分の気持ち)にも寄り添い、受け入れるということも必要になってくるかもしれません。

不調で長く悩んでいる人にとって、自分と真剣に向き合うタイミングであることは間違いないと思います。


不調があることをそのままにしないこと。
不調を薬でなかったことにしないこと。
不調の自分を責めるだけで終わらせないこと。

このことが、とても大事なことだと私は考えています。


そして、整体癒し処ゆうひは、このような不調人生を歩んできた私がやっている整体院です。

自分を大切にして、不調人生を自分でやめる場所

それが整体癒し処ゆうひです。


長くなりましたが、こんな人生を歩んできた院長の佐藤知幸が、あなたの不調と、そしてあなた自身が自分と心から向き合えるように心を込めてお手伝いさせて頂きます。

最後まで読んで頂きありがとうございます。お会いできる時はどうぞ宜しくお願い致します。

入間市整体癒し処ゆうひ知幸

整体癒し処ゆうひ
佐藤知幸

不調人生をやめる為に必要な大事な5つのこと(pdfファイル)を無料プレゼント中!

▼プレゼントを受け取る▼

≪ID:@tomo9≫

 

追伸:
整体癒し処ゆうひ子供たち当時小さかった子供たちは、現在は中2と中1になっています。

 

私自身、中学で引きこもっていた経験があるからこそ、中学生として一生懸命な子供たちの姿を見れるだけで嬉しく感じている私がいます。

 

あの時、人生を諦めずにいてよかった。心からそう想っています。

 

【場所】整体癒し処ゆうひ(専用の駐車場有)

住所:埼玉県入間市小谷田506-1

小谷田バス停から徒歩2分(西武池袋線の入間市駅からバス約13分)

※駐車場もございますので、安心してお車でお越しください

※周辺施設(時間Googleマップ参考)

 

三井アウトレットパーク 入間(車:10分)

ドン・キホーテ 入間店(徒歩:10分・車:5分)

ラウンドワンスタジアム 入間店(徒歩:10分・車:5分)

駐車場:砂利駐車場2台以上あり(院名プレート付)

 

【営業日程】

≪営業日≫木曜・金曜・土曜

≪営業時間≫

9〜18時(最終17時)